『新編 日本一醜い親への手紙』(仮題) が出版されるようです。

今回の記事は、
虐待に関する公募の紹介となります。

端的には次の内容で、
『親から虐待されて育った方々から、
その事実と思いを「親への手紙」という形式ではっきり伝える文章を公募します。
 応募の中から100通を厳選し、
1冊の本として出版し、全国の書店などで売り出します。』
との事です。

詳しくは、↓のリンク先の内容をお読みください。
『新編 日本一醜い親への手紙』

 今回の公募については、
日頃からお世話になっているbyhさんから情報提供を頂きました。
byhさんは虐待を受けた当事者でありながらも、
真正面から虐待問題に取り組まれている方です。
多重人格、摂食障害、フラッシュバック、
うつ、対人恐怖症、ひきこもり・・・など多くの困難を抱え、
傷付きながらも様々な角度からアプローチをされている姿勢に
頭が下がる思いです。
byhさんは
『虐待後遺症に負けない!』
を書かれています。

 僕も今回の
『新編 日本一醜い親への手紙』(仮題)
に応募する予定です。
 この機会に、
虐待を受けた当事者の方、
応募してみてはどうでしょうか?
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「社会のせいにしたって何も変わらない」 と言う人が正解?

「社会のせいにしたって何も変わらないよ」
という発言が良く聞かれます。
そして決まり事のように、
「自分が変わらなきゃ」
と言われます。 

これらの事を言われてしまい、
黙り込む人って結構いるように思います。


根暗、対人恐怖症、コミュ障の人の
置かれる状況がまさにそうだと思います。
「社会は変わらないんだから、自分が変わらなきゃ」
と言われてしまい、
結局は根暗、対人恐怖症、コミュ障の人は自己を反省し、
「そうですね。自分を変える努力をします」
と言い、再び不毛な努力を開始するのです。

「ああ、丸め込まれてしまうのか・・・」
と残念に思います。



「社会のせいにしたって何も変わらない」
って発言する人は、今の社会に適合した人です。
適合し、成功している人です。
「社会がこのままであって欲しい」と願っている人達です。
僕が怖いのは、その成功者の発言に乗っかってしまう人です。

心に問題を抱えた人の分野が進歩しない原因の一つに、
当事者の反省し過ぎる特徴があると思っています。
自分がダメだと思っているから、
社会に疑問を持たないのです。 
成功者の発言に簡単に流されてしまうのです。

「社会のせいにしたって何も変わらない。
自分が変わらなきゃ」
という発言は完璧のようにも思えますが、
「社会は正しいから、間違っている自分を正そう」
とも解釈出来ます。

心の問題はまだまだ全然理解されていません。
にもかかわらず、
「心の問題を抱えた人は、自分から変わらなきゃ」
と言われて、コックリとうなずくしか出来ない立場にいます。

他国を見れば分かるはずです。
社会は完成されていません。
「心に問題を抱えた人には、
真っ先に社会に従うより、
もっともっと本心を語って欲しい」
そんな事を思います。

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『嘘の戦争』を見て ---  僕の的外れな意見

 タクシー業界へ転職してから自由な時間が激減しました。
だけど、
『嘘の戦争』は面白くて録画して見ています。

 
「幼い頃に家族を殺された主人公が大人になった今、
復讐を・・・」
といったドラマです。
草彅剛さんが主人公で熱演されています。

 30年前の事件なので、
「そんな昔の事」
「もう時効だろ」
と言う考えもあるかと思います。
ですが、
当事者からすれば、
「絶対に許せない」
「絶対に忘れない」
と言う思いのはずです。



全く関係ないと言われるかもしれませんが、
僕から目線で言えば、
虐待の事を考えてしまいます。


「はぁ~?叩かれてたって、そんなもん当たり前だろ」
「そんな昔の事をいつまでウジウジ言ってんだ!!」
「感謝しろ!誰のお蔭で今まで生きてこれたと思ってんだ」
「精神病院に行くお前の性格は生まれつきのもんだ、他人のせいにするな」
と言う父親、母親にどう接するのか?
僕はそんな事を考えてしまうのです。


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日本って平等社会なのですか?

日本国内にいるみなさんは、
平等を感じていますか?

白人、黒人、黄色人種などの
皮膚の色での差別を日々感じていますか?

中卒、高卒、大卒、院卒などの
学歴の違いでの差別を日々感じていますか?

生まれ育った地域での差別はありましたか?

身体的な違いから差別を受けましたか?

男女の違いから差別を感じた事はありますか?

それらの差別は人生を狂わすほどに深刻ですか?




僕は不平等を感じて生きています。
↑上記に書いた事とは別の事です。
大変に生きづらいです。
死にたくなる事も多々あります。
同じ理由から、身近に死んだ人もいます。
だけど、僕の感じる不平等を世間は認知してくれません。
「不平等ではなく、お前が甘えているだけだ」
と言われて終わりです。

就職、恋愛、友人、貧富・・・など、
人生において最も重要な項目において大きな格差が生じています。
その最大要因であるコミュニケーション能力の差別について、
表だって語られる事がありません。
だから、
日本って平等社会なのだろうか?
と僕は疑問を持ってしまうのです。

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『中途半端に勉強だけできる人が、二流なワケ』  を読んで

あるネットニュースで
『中途半端に勉強だけできる人が、二流なワケ』
というタイトルがあり、気になって読んでみました。

「世の中には、学歴がなくても社会で役立つ働きをしている
立派な人はいっぱいいますし、学歴が高くても社会に貢献らしい
貢献をしていない方もたくさんいるものです。」
「芸術やスポーツで社会に貢献している人たちなども含めれば、
単純に塾や学校のテストの成績を人と比べて有頂天になること自体、
恥ずかしくてできることではありません。」


のような内容が書かれていました。
皆さんはどう思われるでしょうか?



 僕の感想ですが、
「ああ、がり勉タイプの人を批判しているのだな」
と思いました。
「ああ、コミュニケーションの苦手な人を批判しているのだな」
と思いました。

 僕は中学一年生時、
学校の成績が300人中で220番位でした。
はっきり言ってバカな部類でした。
だけど、
「回りに馴染めない上にバカだと救いがない」
と思い、必死に勉強した記憶があります。
最高で300人中6番まではいきました。
だけど僕が言われた言葉は、
「がり勉じゃあ仕方ないぞ」
「勉強よりも友達作りが大切なんだぞ」
という言葉でした。

 
 『勉強だけできる人が二流』
とか書く人って、
本当の事が分かってるのかな?
といつも思います。
 「俺はコミュニケーション能力が高いから凄いんだぞ」
「コミュニケーションの取れない奴は、
いくら勉強出来たってダメなんだぞ」
という嫌味だけでなく、
コミュニケーションに悩む人々の存在を知って欲しいと思います。

がり勉と呼ばれる人もロボットではなく人間であって、
色々なコミュニケーションの悩みを抱えながら
思春期を過ごして来た事を知ってもらいたいです。


「がり勉=ロボット
コミュニケーションの得意な人=一流の人間」
として、
コミュニケーションの苦手な人を見下している。

それが、
『中途半端に勉強だけできる人が、二流なワケ』  を読んで
の僕の感想です。
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