僕はもう 『ランナー』 になれないのか?

(僕のブログにしては長文ですので、ご注意下さい)

昨日の病院での
「軟骨が欠けてますね」
と言う担当医の発言が頭に響く。


 走る事は好きだった。
今になって尚更に思う。

 僕は小学時代、サッカー部だったが補欠だった。
中学時代、バスケ部だったが補欠。
高校時代、サッカー部に入ったが補欠だったので、
高校2年で辞めた。 

 自分で言うのもなんだけど、
運動神経が悪い事が補欠の原因では無かったと思う。
性格が要因でレギュラーから外される事が多かったと思う。
「ムードメーカー」と呼ばれる人が優先的にレギュラーになる
ように、僕はその逆の存在だった。

大学に入り、空手部に入った。
「孤独な奴でも活躍出来る」というイメージが空手にあったから。
ただ実際は馬鹿騒ぎが好きな部員が多く、
体育会系のノリについて行けずに僕は孤立しまくった。
みんなから悪口を言われ続けた。
ある日、
僕は同期から馬鹿にされ、嘲笑された。
僕は「馬鹿にするのもいい加減にしろ」と怒鳴り、
同期をぶん殴った。
それを見た先輩が、
「何やっとんだ、部室の中だぞ!!」
と怒鳴り、僕を殴った。
そして空手部を辞めた。

 街の道場に入った。極真空手だった。
直接に殴り合う空手で、足や腹、肩など、
色々な場所にアザが出来たが、
それは僕には問題ではなかった。
相変わらずそこでも孤立はしていたが、
真面目に1年ほど通った。
ある日、道場に新人戦のポスターを発見した。
それを見た瞬間、
「これだ!」と思い、師範の元へ駆け寄った。
僕:「あの新人戦に出たいです」
師範:「う~ん。本気なのか?」
僕:「はい。是非とも出たいです」
師範:「君を応援してくれる人はいるのか?」
僕:「えっ?」と僕は言葉を詰まらせた。
師範:「応援してくれる人がいなけりゃ試合には出せないな」
僕:「・・・」
師範:「今まで君を見て来たけど、周りとコミュニケーションが取れてないだろ」
    「そういう奴は試合には出さないと決めてるからな」
    「仲間がいるから戦えるんだろ?」
    「な?明日から心を入れ替えて、どんどん仲間を増やして行け」
    「そうすれば、次の機会に試合の参加を考えてやっても良いから」
    「今のままなら試合には出さないからな」
と言われた。
家に帰る途中、
「くそったれが!!」と叫びながら電柱を蹴った。
絶望感を抱えながら帰路に着いた。
家に着くと、狂ったように泣いた。
 その日以降、道場に行くと、
他の道場生に話し掛ける事に力を注いだ。
だけど自然に足は遠のいて行った。
どんどん無気力になって行く自分がいた。
空手が嫌いになってしまった。

 社会人になり、キックボクシングを一年ほど習った。
上級Bクラスには合格した。
ただ、
会長が
「キックボクシングにとって一番大切なものは何か知ってるか?」
と皆の前で話し始めた。
「コミュニケーション能力だからな」
と言われた。
それを聞いた瞬間、コミュニケーションアレルギーが出始めた。
加速度的に無気力になった。
そしてキックボクシングを辞めた。

 その間、ランニングは続いていた。
「コミュニケーションが下手な奴は大会に出れないぞ」
とは言われなかった。自分で申し込み、自分で練習すれば
マラソン大会で結果を残す事は出来た。
それが嬉しかった。
記録証を貰うことが、『ランナー』である証だった。

 ある時期は、
元ひきこもりだった仲間と一緒にマラソン大会に参加していた。
彼もまた補欠だけの学生生活を送った1人だった。
「一緒に頑張ろう!」
「俺たちみたいなクズでも出来る事を証明してやろう!」
彼と参加した大会は1回や2回ではなかった。
おそらく30回位は一緒に出たと思う。

彼と一緒に練習もした。
「今の1kmは4分40秒。もう少し加速しよう」
辛いのは分かったが、お互いに刺激しあった。
1月とか2月の真冬でも、練習後は水をかぶった。
水をかぶった後も、彼の体から湯気が立ち上った。
それほどに体は熱くなっていた。

「40分切り!」
それをテーマに掲げた時期があった。
10kmを40分以内で走ろうと誓い合った。
元ひきこもりの社会的クズが、
「40分切り」が出来れば凄いじゃないかと思っていた。

練習すればタイムは速くなった。
最初は10kmを50分を切る程度だったが、
48分、46分、そして45分切りを達成し、
42分位までは順調に行った。
42分辺りから停滞期があった。
なかなかタイムが縮まらなかった。
それこそ10秒を気にしながら走った。
10kmを走るのに10秒を気にしていた。
そんな中で、
ある日に「40分切り」を達成出来た。
紛れもなく彼のお蔭だった。
「40分切り」は格別だった。

 あれから色々あって、彼とは会っていない。
ただ僕は一人でもランニングを続けていた。
ランニングは僕にとって最重要とも言えるものだった。
屈辱にまみれた日に、泣きながら走る事もあった。
迷いながら走った日もあった。
マラソン大会結果を自慢げに書く事もあった。
モチベーションを保つ為に、このブログでも
何度もランニングについて書いてきた。
ランニングには色々な思いがあり、
簡単には語れない。

 
 「軟骨が欠けた・・・」
そんな程度の事で、僕のランニングが終わるのか?
「嘘だろ?」
としか今の僕には思えない。
走る事をアピールポイントにしていた僕が、
足を引き摺るような生活に突入するのだろうか?

病院の先生の言い方もあいまいで良く分からなかった。
僕は今後走る事が出来ないのだろうか?

『ランナー』
と呼ばれる事はもうないのだろうか?
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20日間のランニング記録

6月14日から7月3日までの20日間を
ランニング期間と決めました。
その間のランニング記録を掲載したいと思います。

会社で精神がボロボロになってしまって、
帰宅するとフラフラです。
職場では、相変わらず孤立の日々です。
もう本当に無気力です。

でも、そんな中でも出来る事をやってみようと思います。

目標は、
この20日間で50kmを走ることです。

20160627走行距離

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20日間で50kmの挑戦について

 6月14日から7月3日までの20日間
で50kmを走る事を目標としました。
しかし、左膝の痛みが治らず、
ギブアップする事にしました。

 今まで応援してくれた方には
申し訳なく思います。また機会があれば
目標に向かって走りたいと思います。

  

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630mのランニング

今日は630mだけランニングをしました。

「630m?」
「なんだそれ?」
と思われる事でしょう。


僕は6月14日~7月3日の20日間で
50kmを走る目標を掲げました。 
でも、
6月21日で8日間が過ぎ、
10.58kmでした。

20日間で50km走る予定なのに、
8日間で10.58kmはヤバイです。
そんな焦りからの今日のランニングでした。

 9日目となる今日、
ランニングウェアに着替え、
外に出ると雨でした。
小雨を予想してたのですが、
本降りでした。
出るのに躊躇しましたが、
630mだけ走りました。

「630mだけなら走らない方がいい。
無意味だよ」
と言われそうです。
ただ、
その630mを走れた事で
「次につながるランニングになった」
そんな風に感じています。
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2月の月間走行距離

2月の月間走行距離
目標200kmにします。

1月は目標200kmに対して、
結果180.26kmでした。
そのリベンジの意味も込めて、
2月も200kmにしたいと思います。

最近は仕事や友人がいない事など、
とにかく不安で仕方ないけど、
ランニングはランニングとして
頑張りたいと思います。

20160229走行距離


2月の月間走行距離は、144.41kmでした。
どうしてもモチベーションが上がらず、
残念な結果となってしまいました。

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