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台風の日も、頭の中は「人付き合い」


 昨日は台風21号が凄かったですね。
みなさんは無事だったでしょうか?

工事現場の足場は崩れ、
関西空港の連絡橋にタンカーが衝突し、
屋根がはがれ、様々な物が飛散し、
水没し、車の横転もあり、停電し、
本当にひどい被害状況だと思います。

僕の所のマンションでも、玄関の窓ガラスが割れ、恐怖を感じました。


そんな状況下でも、
僕は悩むのです。
人付き合いについて・・・
台風で深刻な事態になるかもしれない。
そうは思うけれど、
それでもなお、
人付き合いについて悩むのです。
もはや病的なのかもしれませんね。
普通の人からすれば異常だと思います。

非常に強い台風が接近し、
自分の住む建物がガタガタ揺れ、
暴風と強雨があり、
近所で救急車、消防車、パトカーが頻繁に走っている状況。
そうした中で、
「コミュ力の低い僕は生きて行けるのだろうか?」
「孤立したまま、あの職場に残り続けられるのだろうか?」
などと考える僕がいます。

「自分の心配ばかりしてるじゃないか!だからお前はダメなんだよ!」
と言われるのかもしれません。
確かに僕は自分の心配ばかりしています。
このブログの内容通りだと思います。
ですが、
心の問題を抱える人はそうなるものだと思っています。

なぜなら↓

例えば、
電車で自分の隣に座った人がくしゃみを連発したとします。
そうした時、
「ああ、風邪ひいたのかな?大丈夫かな?」
と心配するのが普通です。
場合によっては、
「大丈夫ですか?」
と声をかけてあげたり、
ティッシュやのど飴をあげたりする親切な人もいると思います。

ですが、
自分の反対隣りの人から拳銃をつきつけられ、
「てめえ殺すぞ!」
と脅されていたならどうでしょう?
隣の人のくしゃみを心配する余裕はあるでしょうか?
隣の人よりも遥かに危険な状態に自分がいる。
そんな時に隣の人の心配は出来ないでしょう。
自分はいつ殺されてもおかしくない状況なのですから。

極端な表現になりましたが、
現在の社会においては、
協調性やコミュニケーション能力、
明るさが強烈に求められています。
それらの不足している人なら分かると思いますが、
「死」
を覚悟した事は一度や二度ではないはずです。
僕の知人も性格に苦しみ死んでいます。
そして、
「暗い人」に対するサポートが無いのは周知の通りです。
だからこそ、
自分の事は自分で心配するしかない

自分の心配ばかりしている
という流れとなり、それは僕としては当然だと思っています。


協調性やコミュニケーション能力、
明るさなどが不足している人というのは、
本人が思っている以上に
得ていないと思っています。

お金にしてもそうだし、
友人や恋人もそうだし、
人望や心の落ち着きだってそう。
運動経歴や会社内での立場だって、
凄く低い所にあると思います。

つまりは死活問題だと思うのです。

 僕は、
台風の日でも、
頭の中では「人付き合い」
の心配ばかりしていました。
それは、
台風以上に「人付き合い」が深刻であると自覚しているからです。
「人付き合いの悩み」が、
人生そのものを破壊する恐怖を知っているからです。
一過性の台風どころではないのです。


今回、
「台風の日も、頭の中は人付き合い」
というタイトルで記事を書いたのは、
台風という緊急事態にあるのに、
自分の心の悩みばかり考える人がいても
異常ではないですよ。
と言う為です。

新学期が始まったばかりで、クラスに溶け込めない。
会社内で嫌がらせを受けている。
その方が深刻だし、
台風よりも自分の心配をして、
少しでも良い状況に自分を置いて欲しいと願います。
自分の心配をする事は、決して悪い事ではないのですから。








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苦労話って出来ますか?


ある日、タクシーの中でお客様から聞かれました。

お客様:「今まで苦労した事ってあるの?」
  
 突然の事だったので、何と返答しようか迷いました。
普段は適当な事を言って誤魔化すのですが、
その時は試しに、本当の事を言ってみました。

僕:「はい。孤立した事ですかね」
お客様:「孤立?」
僕:「学校とかで皆がグループで居る時、僕はいつも一人だったので」
お客様:「は?いやいや、そう言う事じゃなくって、本当に辛かった事を聞いてるの!」
  
僕の言葉は一瞬で消された。

お客様:「私は一年前にガンになって、あの時は本当に辛くて・・・」
     とお客様の苦労話が始まった。

その時のお客様からしたら、
「孤立?何だそれ?」
だったのかもしれない。
ただ、僕からしたら、
僕の本気の悩みを蹴飛ばされた気分だった。

でも、これが世間の一般なんだと思った。

最近良く思うのが、
分かりやすい「自分の苦労話」を持っている人ってのが、
良い人生を送れるように思う。

僕らのような苦労話は理解されない。
だから僕は、人と話したくないのかもしれない。

苦労話って、本当に重要だと思う。
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心の傷を抱えた者同士なら、分かり合えるのか?


「心の傷」
と言っても、程度には大きな差があると思う。
浅い傷もあれば、深い傷もある。

そんな心の傷を抱えた人達が集まる
当事者グループも幾つか存在する。

ただ恐ろしいのは、
この当事者の集まりにおいても、
優位に立つのは、
「明るい」、「喋り上手」、「顔が広い」、「コミュ力高い」
という人達だ。

心に傷を負ってしまった人は、
「暗い」、「喋り下手」、「顔が狭い」、「コミュ力低い」
という特性になりがちであり、
そういう特性があっても許されると思って
当事者グループへ参加する。
しかし、返り討ちに遭ったりする。

前回の記事↓
『キズ』 を誰も知らない・・・
でも書いた通り、傷の深さには差がある。
同じくらい走るのが遅い人でも、
今までサボっていたから遅い人と
足の一部が切断されていて遅い人と存在する。
その2人を同等に考えるのに無理があるのだが、
心の傷の分野では、
それらが同等に考えられてしまう。

「やっぱり笑顔が大切だと思うんだ」
「自分の思いをキチンと伝えるべきでしょ」
「先週は大阪のタケルと会って、来週は東京でヨシキと会う」
「大人として周りに気を配る事くらい出来なきゃ」
・・・など。
世間一般では大切とされるフレーズだけど、
心の傷の当事者グループでそれを言うのはどうだろう?
僕としては、
心の傷の当事者グループ内での明るさ全力アピールはダメだと思う。

「明るい人は上位、暗い人が下位」
と言う事が絶対的な社会。
そこから外れてしまった人にも
安心できる場所が欲しいと願います。
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コミュ障の人は、不要人間ですか?

僕はコミュ障だと自覚しています。
それにより、生きる上での多くの事に躓きました。

友人、恋愛、運動、仕事、学校生活、
飲み会、親戚付き合い、床屋・・・など、
本当に多方面で困難を感じました。

「自分は誰からも必要とされない」
「必要とされないのに、生きる意味はあるのか?」
だから、
「死んだ方が良いのでは?」
と考えたりしました。

そんな中、
「コミュニケーションを大切にせなあかんで!!」
「周りとの付き合いが分からん奴は人間として最低や!」
「友人の多さが人間の価値を決めるんや!」
・・・などと人気者が力説する姿を見て、
余計に落ち込み、、、
「死んだ方が良いのでは?」が進んで、
「ああ、死ななきゃ」と確信に近い思いになったりしました。

 社会は容赦なく、僕ら”コミュ障”を追い込みます。
その追い込みの陰に自殺者が出ている事にも気づかずに・・・
「学歴主義を辞め、コミュ力で人間の価値を決める事が絶対なのか?」
を良く考えたりします。

そんな中、
Yahoo!JAPANにて、
『脳研究者と考える---人付き合いの苦手なあなたが社会を進歩させる』
という記事が紹介されていました。
池谷裕二(いけがや・ゆうじ)1970年静岡県生まれ。薬学博士。東京大学薬学部教授。

人見知り、コミュ障について興味深い事が書かれていると思います。
時間のある方は読んでみて下さいね。
※ダイバーシティとは、多様 な人材を積極的に活用しようという考え方のこと。
※イノベーションとは、物事の新しい 捉え方や活用法のこと。
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コミュニケーションに障害があっても・・・何も無い

足が不自由であれば車椅子、
耳が不自由であれば補聴器、
・・・

不自由さを補う機器があります。
そうした人をサポートする温かい世間の目があります。
マスコミも政治もそうです。



「コミュニケーションが不自由であればどうだろう?」

そんな事を考えてしまうから、
僕は世間から嫌われるのかな?


『身体の障害には温かい目を、
コミュニケーションの障害には冷たい目を』
どうしても僕にはそう思えるのです。
そしてもう一度言うけど、
こう考えるから僕は嫌われるのかな?



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