コミュニケーションに障害があっても・・・何も無い

足が不自由であれば車椅子、
耳が不自由であれば補聴器、
・・・

不自由さを補う機器があります。
そうした人をサポートする温かい世間の目があります。
マスコミも政治もそうです。



「コミュニケーションが不自由であればどうだろう?」

そんな事を考えてしまうから、
僕は世間から嫌われるのかな?


『身体の障害には温かい目を、
コミュニケーションの障害には冷たい目を』
どうしても僕にはそう思えるのです。
そしてもう一度言うけど、
こう考えるから僕は嫌われるのかな?



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「案ずるより産むが易し」 と言うけれど

『案ずるより産むが易し』
という、ことわざを知ってますか?

「事前にあれこれ心配するよりも、 実際にやってみると案外たやすい」
と言う意味だそうです。

「物事をポジティブに考えて、どんどんチャレンジして行こう。
そうすれば、思ったよりも良い結果が得られるから」
という風に僕は理解しています。

僕がある集団に入って行く時、
「ああ、また孤立してしまうかもしれないなあ」
と不安になります。
でも、
「とにかくチャレンジしてみよう」
と入っていく事が多いです。

ただ、僕がチャレンジすると、
最初の想定以上に苦しむ事が多いです。
「ああ、また孤立してしまうかも」程度ではなく、
完全なる孤立をします。

今、派遣会社に行っています。
そこでは完全に一人ぼっちとなっています。
周りは仲良くやっています。

送迎の車で雑談タイムが発生するのですが、
みんなニコニコ喋ってます。
おやじギャグとか飛び交っています。
そんな中で、急に僕に話を振られました。
同乗者:「この派遣が終わったらどうするの?」
僕:「次の転職先はタクシー会社です」
  と言うと、
同乗者:「君がお客さんと雑談とか出来るの?」
     「色々な人に対応できるの?」
     と指摘されてしまいました。

 タクシードライバーへは不安を抱えながら転職するので、
上手く言い返す事が出来ませんでした。


 はっきり言って、今回の派遣仕事では、
僕の孤立症が浮き彫りになっています。
結構きついです。

「案ずるより産むが易し」
って何?
「やってみると、思ったよりシンドイよ」
と思ってしまいます。


 
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『僕は対人恐怖症なのか?』 を真剣に考えてみた。

「僕は対人恐怖症なのか?」
という疑問について、
自分なりに検証してみようと思います。


 何日か前に今の職場において、
僕:「次の転職先はタクシー会社です」
   だと告げた所、
同僚:「えっ!?タクシーって人と接する仕事だよ。
    ナギヒロさんに出来るの?」
    と言われました。
僕:「はい。何とかします」
同僚:「う~ん。でも、こんな事を言っては何だけど、
    ナギヒロさんって対人恐怖症だよね」
僕:「はい。
   この会社内でも人付き合いが全然ダメですからね」
同僚:「対人恐怖症の人が、対人の仕事をするのは厳しいよ」
      
 と、
そんなやりとりがありました。

以前の職場なんかでは、
「オドオドすんなよ。他の人も、ナギヒロの悪口を言ってるんだよ」
とわざわざ上司に言われた事もあります。
「もうちょっとコミュニケーション、どうにかならんか?」
と、別の会社で社長から言われた事もあります。
 
 学生時代を振り返っても、
とにかく人が怖く、教室に入るのがいつも嫌でした。
放課になると常にトイレにいました。
「明るい人を見習いなさい」
と何人もの教師から指摘された経験があります。


 これまで書いたように、
僕は人に恐怖を感じ、まともに人付き合いが出来ません。
もし仮に僕に出会う事があれば分かると思います。
とにかく表情が普通じゃありません。
硬直したような表情をしています。
常に歯を噛みしめているので、
アゴの筋肉に疲労が蓄積しています。
「表情が硬い」
とは過去に数百人から指摘された事です。

そうした経緯から、
僕は自身を「対人恐怖症である」と判断しています。
「対人恐怖症」である事で、
多くのチャンスを逃し、多くの事を失いました。


ですが・・・
僕は突飛におかしな行動に出ます。
普通の人が発言しない場所で発言をします。

会社では会議や発表になると、
普通の人が驚くような発言をする場合もありました。
部長や社長を相手に真剣に話し合ったり、
口論になる事もありました。
ですが、
休憩中にダラダラとオシャベリは出来ませんでした。
お笑いをやっていた事、
キャバクラで黒服をやっていた事も
対人恐怖症と異なると言われる要因かもしれません。


 結局、人と真剣に話し合う、
もっと言えば、
人と戦う場所において、僕は対人への恐怖に立ち向かう決意をするのです。
しかし、
リラックスムード漂う場所では、本来の対人恐怖症の僕がそこにいるのです。

以前、TV内にて、
「僕は対人恐怖症なんですよ」
という芸人さんがいました。
アメトークの「人見知り芸人」
というコーナーを見た事もありました。

それらを見て、
「対人恐怖症じゃないやろ。
 これだけバンバンTVに出てるんやから」
という人は多いと思います。
ただ僕は理解しているつもりです。
対人恐怖症でありながら芸人である人の気持ちを。


 対人恐怖症であるならば、
「人に恐怖を感じて外に出れないのが当たり前だ」
「人前で発言できるはずがない」
という考えもあると思います。

ですが、
 人に対する恐怖はあるけれど、
恐怖を感じながらも突き破ろうとする
対人恐怖症もいると思います。


震えながら会社に向かい、
震えながら舞台に立ち、
震えながら人を出迎える。
オドオド、ビクビクしながら人と接する。
僕にはそんな生き方しか出来ない。
震える手を隠し、震える声を隠し、
硬直した顔面を隠し、
ダマしダマし生きている。
それが僕のリアルな姿です。

それでもなお、
僕の中には負けず嫌いの魂もあります。
「震えても前に進みたい」
「対人恐怖症でも生きたい」
「虐待後遺症があっても生きてやる」
そんな真剣な思いがあります。

だからこそ僕は、
『根暗でも生きて行くんだ』
とタイトルに決意を込めています。

「ナギヒロが対人恐怖症なのか?」
については、
読者の方で判断して頂ければと思います。

長文にお付き合い下さり、
ありがとうございます。





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心の問題に対して無気力になっている自分

 根暗な人が幸せになる事を願っていた。
心の問題が解決する事を願っていた。
虐待の心の傷が癒えるのを願った。
マスコミが心の問題を大々的に取り上げて欲しいと思っていた。
国が虐待問題に取り組むと思っていた。

でも、
マスコミも国も自分の周りにいる人達も、
心の問題には無関心だった。

このブログを書いたり、
マスコミに対して色々と意見を送ったりした。
長年そんな事をした。
でも、手応えを感じる事が出来ないまま今日に至ってしまった。

本当に自分の無力さを感じる。
世間の無理解を感じる。
「あ~あ、これで人生終わりなのか・・・」
無気力になった自分は、
そんな風につぶやいてしまう。
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「性格さえまともなら・・・」

今日は台風の影響で、朝から雨が凄かったです。

でも、今日も会社です。
台風だから、
何か変わった一日になるかと期待しましたが、
変哲のない一日でした。

今は事務所で仕事をしていますが、
良く喋る人も多く、事務所内では世間話が活発で、
冗談が飛び交います。

無茶な仕事量では無いので、
みんなマイペースで仕事が出来ます。
ゆったりと仕事を出来る分だけ、
雑談時間が沢山あります。
オシャベリ好きな人にとっては
良い会社だと思うし、良い職場だと思います。

4~5人でワイワイと楽しく会話をしている
すぐ近くにいるのが僕です。
みんなが爆笑している中で
僕は黙々と仕事をしています。
「何だコイツは?辛気臭い野郎だな!!」
という視線を感じます。

 笑顔の隣で歯を食いしばっているのが僕です。
異様な光景だと思います。

 「一日に一度は話さなきゃ」と思い、
僕も必死に雑談に加わります。 
でも残念ながら、盛り上がるはずがありません。

 「僕は社会に出ると浮く人間なんだ」と
認識する為に会社勤めをしているようなものです。
家に帰るとフラフラです。

「性格さえまともなら・・・」
そんな事を考えてしまいます。


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