『根暗でも生きて行くんだ』 と 『僕の姿』

僕は幼少期から、精神的に不安定な子供だった。

保育園時期は、
先生に「トイレに行きたい」と言う事も出来ず、
その場でオシッコをしてしまう子供だった。

言葉を発する事がほとんど出来ず、
典型的な・・・、いや、桁違いの「おとなしい子供」だった。

そんなだから、
僕の学生時代は悲惨なものだった。
クラスではポツーンと一人で過ごすのが決まりだった。


「普通に生きれば地獄行き」
と良く一人で呟いた。
「僕のようにおとなしくて孤立する人間は、必ず地獄へ堕ちる」
と意識していた。

だから、
中学時代は部活と勉強に頑張った。
勉強は点数や順位が出るので、
公平な競争に思えた。
学年1位は無理だったけど、クラスで1位にはなった。
ただ、
部活はバスケ部に入部したが、
勝ち上がるのは困難だった。
運動では、地道な努力だけでなく、
周りとの協調やアピール力が必要だった。
僕は万年補欠となってしまった。
僕の運動能力がどうこう言う前に、
大人しい人間がレギュラーになれない事を知った。


 僕は色々な場所で、
運動部やサークルに入ったり、道場などに通ったが、
芽が出る事は無かった。
「もうちょっと元気ださないと」
「浮いてるぞ!お前!」
「周りと上手くやれたら試合に出してやる」
・・・
僕のスポーツ歴は、門前払いで終わっていた。
試合に出たくても、出して貰えなかった。
努力しても全て帳消しにされた。
家で泣き過ぎて、キチガイになりそうな時もあった。

 ただ、
大人になってからは、マラソン大会に参加するようになった。
ここでは、
「お前はおとなしい性格だから試合に出さないぞ」
などの意地悪は無かった。
誰でも平等に大会に参加出来た。
それが嬉しかった。
それほどの結果でもないけれど、
10kmで40分切りを3度ほど達成できた。
自己ベストは10kmで39分12秒。

 筋トレも努力に比例して向上するものだったので、
僕は好んでトレーニングした。素人でも参加可能な
sasukeに何度か応募し、一度はオーディションに
参加する事が出来た。

 
 
「おとなしい、ひきこもり、メンタルサイト、精神病の人、孤立症の人」

「根性なし、甘えてる、すぐ逃げる、自分勝手、運動嫌い」
というイメージを持たれているように感じていた。
それが僕には嫌だった。
嫌で嫌でたまらなかった。
とにかく払拭したかった。


 だから、僕のブログ
『根暗でも生きて行くんだ』
では、
マラソン大会を主に、運動も記事にするように心掛けた。
「心に問題を抱えた人も、この程度の事は出来るんだ」
と分かりやすく体現したかった。

僕としては、上記のような考えは、それで良かったと思っています。


ただ、ご存じの方もいるかもしれませんが、
僕は半年ほど前に左膝を痛めました。
軟骨が欠けてしまったようです。
これからはハードなトレーニングは無理かもしれません。
なので、
「メンタルサイトの住人でも運動頑張ってるぞ」
という思いを伝える事が、今後は出来そうもないです。 

「今後は走る事が出来ない」
という現実を受け止める事が出来ない自分がいます。
人よりも足腰が頑丈だと自負していたのに、
人よりも足腰が弱い人になってしまいました。
体もあっという間に脂肪の塊のようになってしまいました。


今後は運動に関する記事を書けないかもしれません。
今まで僕の姿を写真にて公開した事は無いのですが、
最後に膝が故障する前の写真を掲載します。


ブログアップ写真

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僕はもう 『ランナー』 になれないのか?

(僕のブログにしては長文ですので、ご注意下さい)

昨日の病院での
「軟骨が欠けてますね」
と言う担当医の発言が頭に響く。


 走る事は好きだった。
今になって尚更に思う。

 僕は小学時代、サッカー部だったが補欠だった。
中学時代、バスケ部だったが補欠。
高校時代、サッカー部に入ったが補欠だったので、
高校2年で辞めた。 

 自分で言うのもなんだけど、
運動神経が悪い事が補欠の原因では無かったと思う。
性格が要因でレギュラーから外される事が多かったと思う。
「ムードメーカー」と呼ばれる人が優先的にレギュラーになる
ように、僕はその逆の存在だった。

大学に入り、空手部に入った。
「孤独な奴でも活躍出来る」というイメージが空手にあったから。
ただ実際は馬鹿騒ぎが好きな部員が多く、
体育会系のノリについて行けずに僕は孤立しまくった。
みんなから悪口を言われ続けた。
ある日、
僕は同期から馬鹿にされ、嘲笑された。
僕は「馬鹿にするのもいい加減にしろ」と怒鳴り、
同期をぶん殴った。
それを見た先輩が、
「何やっとんだ、部室の中だぞ!!」
と怒鳴り、僕を殴った。
そして空手部を辞めた。

 街の道場に入った。極真空手だった。
直接に殴り合う空手で、足や腹、肩など、
色々な場所にアザが出来たが、
それは僕には問題ではなかった。
相変わらずそこでも孤立はしていたが、
真面目に1年ほど通った。
ある日、道場に新人戦のポスターを発見した。
それを見た瞬間、
「これだ!」と思い、師範の元へ駆け寄った。
僕:「あの新人戦に出たいです」
師範:「う~ん。本気なのか?」
僕:「はい。是非とも出たいです」
師範:「君を応援してくれる人はいるのか?」
僕:「えっ?」と僕は言葉を詰まらせた。
師範:「応援してくれる人がいなけりゃ試合には出せないな」
僕:「・・・」
師範:「今まで君を見て来たけど、周りとコミュニケーションが取れてないだろ」
    「そういう奴は試合には出さないと決めてるからな」
    「仲間がいるから戦えるんだろ?」
    「な?明日から心を入れ替えて、どんどん仲間を増やして行け」
    「そうすれば、次の機会に試合の参加を考えてやっても良いから」
    「今のままなら試合には出さないからな」
と言われた。
家に帰る途中、
「くそったれが!!」と叫びながら電柱を蹴った。
絶望感を抱えながら帰路に着いた。
家に着くと、狂ったように泣いた。
 その日以降、道場に行くと、
他の道場生に話し掛ける事に力を注いだ。
だけど自然に足は遠のいて行った。
どんどん無気力になって行く自分がいた。
空手が嫌いになってしまった。

 社会人になり、キックボクシングを一年ほど習った。
上級Bクラスには合格した。
ただ、
会長が
「キックボクシングにとって一番大切なものは何か知ってるか?」
と皆の前で話し始めた。
「コミュニケーション能力だからな」
と言われた。
それを聞いた瞬間、コミュニケーションアレルギーが出始めた。
加速度的に無気力になった。
そしてキックボクシングを辞めた。

 その間、ランニングは続いていた。
「コミュニケーションが下手な奴は大会に出れないぞ」
とは言われなかった。自分で申し込み、自分で練習すれば
マラソン大会で結果を残す事は出来た。
それが嬉しかった。
記録証を貰うことが、『ランナー』である証だった。

 ある時期は、
元ひきこもりだった仲間と一緒にマラソン大会に参加していた。
彼もまた補欠だけの学生生活を送った1人だった。
「一緒に頑張ろう!」
「俺たちみたいなクズでも出来る事を証明してやろう!」
彼と参加した大会は1回や2回ではなかった。
おそらく30回位は一緒に出たと思う。

彼と一緒に練習もした。
「今の1kmは4分40秒。もう少し加速しよう」
辛いのは分かったが、お互いに刺激しあった。
1月とか2月の真冬でも、練習後は水をかぶった。
水をかぶった後も、彼の体から湯気が立ち上った。
それほどに体は熱くなっていた。

「40分切り!」
それをテーマに掲げた時期があった。
10kmを40分以内で走ろうと誓い合った。
元ひきこもりの社会的クズが、
「40分切り」が出来れば凄いじゃないかと思っていた。

練習すればタイムは速くなった。
最初は10kmを50分を切る程度だったが、
48分、46分、そして45分切りを達成し、
42分位までは順調に行った。
42分辺りから停滞期があった。
なかなかタイムが縮まらなかった。
それこそ10秒を気にしながら走った。
10kmを走るのに10秒を気にしていた。
そんな中で、
ある日に「40分切り」を達成出来た。
紛れもなく彼のお蔭だった。
「40分切り」は格別だった。

 あれから色々あって、彼とは会っていない。
ただ僕は一人でもランニングを続けていた。
ランニングは僕にとって最重要とも言えるものだった。
屈辱にまみれた日に、泣きながら走る事もあった。
迷いながら走った日もあった。
マラソン大会結果を自慢げに書く事もあった。
モチベーションを保つ為に、このブログでも
何度もランニングについて書いてきた。
ランニングには色々な思いがあり、
簡単には語れない。

 
 「軟骨が欠けた・・・」
そんな程度の事で、僕のランニングが終わるのか?
「嘘だろ?」
としか今の僕には思えない。
走る事をアピールポイントにしていた僕が、
足を引き摺るような生活に突入するのだろうか?

病院の先生の言い方もあいまいで良く分からなかった。
僕は今後走る事が出来ないのだろうか?

『ランナー』
と呼ばれる事はもうないのだろうか?
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『sasuke』が放送されてましたね

昨日は『sasuke』が放送されてましたね。

一年振りに見ましたが、
やはり参加される方は凄いですね。

身体能力が人間離れしてる事にも驚きますが、
一年に一度あるかないかの競技に対して
ここまで人生を掛ける事が出来る事が
凄いと思います。

 僕も数年前にはオーディションに参加する為に
プロモーショーンビデオを作ったり、
手紙を送ったり、
オーディションで自己PRをしたりで必死でしたが。

僕の要望としては、
1年に3回とか決めて欲しいです。
出来れば具体的な日付等も。
気まぐれの開催では選手は厳しいのでは?
と思います。

今回は夜露の為に、
翌日への日程変更がありました。
だけど、それも含めてのsasukeだと思うので、
夜露程度ならその日に決行して良かったと思いました。
結局は翌日にも雨が降り出して、
余計に不利になった選手がいたので。
残念な日程変更だったと思います。
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20日間のランニング記録

6月14日から7月3日までの20日間を
ランニング期間と決めました。
その間のランニング記録を掲載したいと思います。

会社で精神がボロボロになってしまって、
帰宅するとフラフラです。
職場では、相変わらず孤立の日々です。
もう本当に無気力です。

でも、そんな中でも出来る事をやってみようと思います。

目標は、
この20日間で50kmを走ることです。

20160627走行距離

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20日間で50kmの挑戦について

 6月14日から7月3日までの20日間
で50kmを走る事を目標としました。
しかし、左膝の痛みが治らず、
ギブアップする事にしました。

 今まで応援してくれた方には
申し訳なく思います。また機会があれば
目標に向かって走りたいと思います。

  

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