過去に戻れるなら・・・

「あの時に戻りたい」
って思う事はありますか?

今の思考をそのまま残して、
自分の決めた年齢に戻れるならば・・・
そんな事をたまに考えます。


「楽しかった青春時代に戻りたい」
「若くてチヤホヤされた新社会人の頃に」
「あの子に告白してれば・・・、だからあの頃に」
「あの事件に遭遇する前に戻りたい」
「あいつに会う前に・・・」
みなさんはそんな感じでしょうか?


僕自身を考えてみると、
「もっと仕事を頑張っておけば良かった」
「もっと勉強を頑張れば良かった」
「もっと運動を頑張れば良かった」
「もっと話し掛けておけば良かった」
などの後悔はありません。
なので、
「新社会人に戻りたい」とか、
「学生時代に戻りたい」とか、
あまりないです。

新社会人や学生時代に戻っても、
手遅れだと思っています。


僕の苦しみの最大のものは、
人間が怖い事。
つまりは、対人恐怖症です。

対人恐怖症であるが故に、
あらゆる会社で、
あらゆる学校で、
道場で、
部活で、
バイトで、
親戚で、
近所で、
合コンで、
恋愛で、
金銭のやりとりで、
欲しい物の取り合いで、
悲惨な思いをしました。

だから僕は戻りたいのです。
対人恐怖症になる前に。
僕の人懐っこさが剥奪される前に。

とにかく幼い頃に戻りたい。
0歳だと自力で歩けない。
1~2歳でも逃走は無理かも。
3歳ならば可能だろうか。

だから・・・
僕は3歳頃に戻りたい。
そして、あの父親と母親から逃走したい。
身を持って人間の怖さを教えてくれたのは父と母だった。

3歳頃に戻ったら、
僕は死ぬ気で逃走したい。

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「社会のせいにしたって何も変わらない」 と言う人が正解?

「社会のせいにしたって何も変わらないよ」
という発言が良く聞かれます。
そして決まり事のように、
「自分が変わらなきゃ」
と言われます。 

これらの事を言われてしまい、
黙り込む人って結構いるように思います。


根暗、対人恐怖症、コミュ障の人の
置かれる状況がまさにそうだと思います。
「社会は変わらないんだから、自分が変わらなきゃ」
と言われてしまい、
結局は根暗、対人恐怖症、コミュ障の人は自己を反省し、
「そうですね。自分を変える努力をします」
と言い、再び不毛な努力を開始するのです。

「ああ、丸め込まれてしまうのか・・・」
と残念に思います。



「社会のせいにしたって何も変わらない」
って発言する人は、今の社会に適合した人です。
適合し、成功している人です。
「社会がこのままであって欲しい」と願っている人達です。
僕が怖いのは、その成功者の発言に乗っかってしまう人です。

心に問題を抱えた人の分野が進歩しない原因の一つに、
当事者の反省し過ぎる特徴があると思っています。
自分がダメだと思っているから、
社会に疑問を持たないのです。 
成功者の発言に簡単に流されてしまうのです。

「社会のせいにしたって何も変わらない。
自分が変わらなきゃ」
という発言は完璧のようにも思えますが、
「社会は正しいから、間違っている自分を正そう」
とも解釈出来ます。

心の問題はまだまだ全然理解されていません。
にもかかわらず、
「心の問題を抱えた人は、自分から変わらなきゃ」
と言われて、コックリとうなずくしか出来ない立場にいます。

他国を見れば分かるはずです。
社会は完成されていません。
「心に問題を抱えた人には、
真っ先に社会に従うより、
もっともっと本心を語って欲しい」
そんな事を思います。

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日本って平等社会なのですか?

日本国内にいるみなさんは、
平等を感じていますか?

白人、黒人、黄色人種などの
皮膚の色での差別を日々感じていますか?

中卒、高卒、大卒、院卒などの
学歴の違いでの差別を日々感じていますか?

生まれ育った地域での差別はありましたか?

身体的な違いから差別を受けましたか?

男女の違いから差別を感じた事はありますか?

それらの差別は人生を狂わすほどに深刻ですか?




僕は不平等を感じて生きています。
↑上記に書いた事とは別の事です。
大変に生きづらいです。
死にたくなる事も多々あります。
同じ理由から、身近に死んだ人もいます。
だけど、僕の感じる不平等を世間は認知してくれません。
「不平等ではなく、お前が甘えているだけだ」
と言われて終わりです。

就職、恋愛、友人、貧富・・・など、
人生において最も重要な項目において大きな格差が生じています。
その最大要因であるコミュニケーション能力の差別について、
表だって語られる事がありません。
だから、
日本って平等社会なのだろうか?
と僕は疑問を持ってしまうのです。

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『中途半端に勉強だけできる人が、二流なワケ』  を読んで

あるネットニュースで
『中途半端に勉強だけできる人が、二流なワケ』
というタイトルがあり、気になって読んでみました。

「世の中には、学歴がなくても社会で役立つ働きをしている
立派な人はいっぱいいますし、学歴が高くても社会に貢献らしい
貢献をしていない方もたくさんいるものです。」
「芸術やスポーツで社会に貢献している人たちなども含めれば、
単純に塾や学校のテストの成績を人と比べて有頂天になること自体、
恥ずかしくてできることではありません。」


のような内容が書かれていました。
皆さんはどう思われるでしょうか?



 僕の感想ですが、
「ああ、がり勉タイプの人を批判しているのだな」
と思いました。
「ああ、コミュニケーションの苦手な人を批判しているのだな」
と思いました。

 僕は中学一年生時、
学校の成績が300人中で220番位でした。
はっきり言ってバカな部類でした。
だけど、
「回りに馴染めない上にバカだと救いがない」
と思い、必死に勉強した記憶があります。
最高で300人中6番まではいきました。
だけど僕が言われた言葉は、
「がり勉じゃあ仕方ないぞ」
「勉強よりも友達作りが大切なんだぞ」
という言葉でした。

 
 『勉強だけできる人が二流』
とか書く人って、
本当の事が分かってるのかな?
といつも思います。
 「俺はコミュニケーション能力が高いから凄いんだぞ」
「コミュニケーションの取れない奴は、
いくら勉強出来たってダメなんだぞ」
という嫌味だけでなく、
コミュニケーションに悩む人々の存在を知って欲しいと思います。

がり勉と呼ばれる人もロボットではなく人間であって、
色々なコミュニケーションの悩みを抱えながら
思春期を過ごして来た事を知ってもらいたいです。


「がり勉=ロボット
コミュニケーションの得意な人=一流の人間」
として、
コミュニケーションの苦手な人を見下している。

それが、
『中途半端に勉強だけできる人が、二流なワケ』  を読んで
の僕の感想です。
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対人恐怖症の人に期待する・・・その情熱と才能に

みなさん、元気にしてますか?
風邪などひいてませんか?

いや、風邪なんかよりも、
心は大丈夫ですか?
身体よりも心が気になります。




対人恐怖症であるならば、
たった一日を過ごすだけでも悪影響が出てしまう。

明日の一日を考えてみても、
人懐っこさがあれば平穏な日を過ごせそうだが、
人への恐怖症があればそうは行かないと思う。

仕事や学校生活を考えたって、
「人間大好き」って人と
「人が怖い」って考える人では180度違った
生活になってしまう。

それについては、
対人恐怖症の本人が一番良く分かっていると思う。

「何とかしなければ、人生そのものが転落してしまう」
「努力だって才能だって、全てが消えてしまう」
そんな焦燥感にかられる日々だと思う。

対人恐怖症の人は毎日がピンチの連続だし、
希望の持てない人生設計を立てるしかない。


だからこそ、


対人恐怖症の人の願いは強いはずだと思う。
「対人恐怖症の苦しみを消したい」という願い。

仕事が無いのを感じる。
対人恐怖症の人の本意を叶える仕事が・・・
対人恐怖症の人を助ける仕事が・・・

対人恐怖症の人には、
その情熱や才能は強いものがあると思う。
でも、世にある仕事は、
対人恐怖症の人の個性を潰すものばかり。

対人恐怖症の人の経験を活かせる
対人恐怖症の人の思いを叶える
対人恐怖症の人同士の協力
対人恐怖症の人のたぎるような熱意を活かす
対人恐怖症の人の隠された才能を活かす
・・・
そうした仕事があっても良いと思う。


精神科医、臨床心理士、精神保健福祉士などが
そうした仕事かとも思えるが、
どうも違和を感じる。

対人恐怖症の人の膨大なる情熱や才能が
捨てられてしまう社会の中で、
本当に悔しさを隠し切れない思いで僕は過ごしている。

対人恐怖症の人を救う仕事、
対人恐怖症の人が才能を活かせる仕事、
がないものだろうか?

 僕はいつのまにやら歳をとってしまった。
もっと若い段階で、
そうした仕事を見つけられると思っていた。
対人恐怖症の人を救うような仕事を・・・

僕は半分腐ってしまった。
あまりにも厳しい現実社会の中で。
「ああ・・・これで俺の人生終わりかよ・・・」
って惨めな気持ちになる事も多い。

僕のブログを見てもらっても分かるかもしれないが、
生活の為の仕事をするだけで一杯一杯になっている。
「自分の才能を活かす」よりも
「生活する為の仕事」となっている。
今の仕事は労働時間が長く、
ブログ更新もままならない日々だ。 

でも願う気持ちは忘れない。
「対人恐怖症の人が救われる社会」
「対人恐怖症の人が能力を活かせる仕事の確立」

対人恐怖症である彼ら彼女らには
強く輝くものがある。
だから、
その情熱と才能を活かせる日を願っている。
それが僕の一番の願いなのです。
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